免罪符
自分への戒め
皆さんは世界史の授業で「免罪符」を習ったことは覚えていますね。中世にカソリック教会が乱発した罪の償いを軽減する証書のことです。ルターが批判し、宗教改革の発端となったことは有名ですね。
日本でもこれに近いことはたくさんあります。例えば全く根拠がないのに「○○を持っていると○○になる」などです。先にも書きましたが「気持ちの問題」ですから、何も私はすべてを否定するつもりはありません。
ただ、物事には限度というものがあります。中世の「免罪符」も小規模におこなっているうちはよかったのかも知れません。しかし、カソリックはやりすぎました。明らかに一線を越えてしまったのです。
「免罪符」の教訓は自分への戒めとしたいと思います。