太陽光とインド風水ヴァーストゥ

なぜ、朝の日光が必要なのか?

 インド風水ヴァーストゥでは、立地、敷地、間取り、インテリア、生活行動の全てで朝の日光を取り入れる工夫がなされています。それではどうして朝の日光が必要なのでしょうか?
 結論を先に言うと、インド風水ヴァーストゥで重視する朝の日光は人間の心身に大きな影響を与える体内時計をリセットするために非常に重要なのです。そしてそれは睡眠障害やうつ対策、さらにはストレスや作業効率改善に有効なのです(本稿は、文部科学省科学技術・学術審議会資源調査分科会の報告書を参考にしています)。

光の刺激は生体の機能に影響を与えている


 それではまずそもそも光とはどのようなものでしょうか。

 いわゆる光、つまり可視光線は、電磁波の一種で人間が目で見える波長のものを指し、波長が380~780nmの範囲の電磁波で構成されます。ちなみに、電磁波は波長の長い方から、電波・赤外線・可視光線・紫外線・X線・ガンマ線に分類できます。

 光の刺激は生体の機能に影響を与えます。自然光(太陽光)の強さや波長の構成は一日の時間帯や季節によって変化しますから、光の照度や分光分布が生体の機能に影響する主たる光の要素になると考えられます。その他、光曝露の時刻、曝露時間、あるいは曝露の時刻と時間を組み合わせたパターンなども重要な光刺激の要素となります。

 人工照明について考えると、自然光に比べてはるかに照度は低く、一般的な蛍光灯や白熱灯の分光分布も全く異なる構成となっています。さらに照明光への曝露開始時刻やその時間やパターンも不定期であることから、人工照明光の生体への影響には注目する必要があります。特に蛍光灯の分光分布については赤、緑、青の各波長帯で強いエネルギーをもつ三波長形になっており、赤と青のエネルギーの相対比によって青っぽい光を放つ昼光色、白っぽい昼白色、赤っぽい電球色など、種々の相関色温度をもつ光源が一般に市販されていることから、色温度の生体への影響にも注目しなければいけません。


光は中枢神経、自律神経、ホルモン分泌、運動系に影響を与えている


 つぎに光が非視覚的に人間にどのような影響を与えているか考えていきたいと思います。

 まず「視覚」とは何なのでしょう。大辞泉によると、「光の刺激を受けて生じる感覚。網膜に光が当たると視細胞に興奮が起こり、視神経を通して大脳の視覚野に伝えられ、明暗・光の方向や物の色・動き・距離などを認知する。五感の一。」とあります。光に人間に与える影響について我々が考えるのは普通この「視覚」のことを指すのではないでしょうか。

 それではそれ以外の感覚である「非視覚」に対して光がどのような影響を与えているのでしょうか?結論を先に言うと、光は非視覚である中枢神経系、自律神経系、ホルモン分泌系、運動系の広い範囲にわたる反応系に影響を与えているようです。 

 外界からの光刺激は網膜の光受容器を介して信号化され脳内に入ったのち、大きく二つの経路を通ります。ひとつは外側膝状体(がいそくしつじょうたい)を通って視覚野(しかくや)へ行き視覚的イメージ化をはかる経路と、もうひとつは網膜視床下部経路を経由して松果体に達する非視覚的経路です。

 非視覚的経路では、網膜に到達した光は、網膜視床下部経路を経由して視交差上核(しこうさじょうかく)、室傍核(しつぼうかく)を通り、そこから内側前脳束(ないそくぜんのうそく)、脳幹網様体(のうかんもうようたい)を抜けていったん脳の外に出た後に上頸部交感神経節(じょうがくぶこうかんしんけいせつ)を経て再び脳内に入り松果体へ達します。

 この一連の経路の中で、視交差上核は生体リズムに、室傍核は心拍数や血圧などの循環系を制御する自律神経系及び人間のストレスシステムを構成している視床下部-下垂体(かすいたい)―副腎皮質系(ふくじんひしつけい)に、内側前脳束は快や不快に関連する情動に、脳幹網様体は大脳新皮質の全体的な覚醒水準にそれぞれ関連することが知られています。また覚醒水準の変化は下行性の脳幹網様体賦活系(のうかんもようたいふかつけい)、脊髄の運動神経を介して筋の緊張度にも影響します。松果体では、数種類のホルモンが分泌されていますが、このうち光に対してはメラトニンに関する研究が最も多いようです。

 このようなことから、照明光の明るさや分光分布に対する生体の生理的反応としては、中枢神経系、自律神経系、ホルモン分泌系、運動系の広い範囲にわたる反応系の関連が予測され、これらは光に対する非視覚的生理反応もしくは生物学的反応と呼ぶことができます。これらの反応は、明視性や色に対する嗜好性といった視覚による反応とは独立するものと考えられています。

 つまり、光は人間にとって明暗・光の方向や物の色・動き・距離などを認知するためだけのものではないのです。


朝の太陽光は睡眠障害やうつ対策に効果がある


 さてやっと本題の日光と睡眠障害やうつ病の関係性について述べていきたいと思います。

 もともと人間は昼行性の哺乳類であり、日の出とともに起床して、日中活動し、日が沈むと休息をとるという生活が生物としての本来の姿です。人間の生体リズムは多くの動物と同じように生物時計によって駆動され、約25時間の周期(概日リズム)で活動と休息のリズム信号を出しています。しかし、地球の自転により24時間周期で変化する外部環境とは約1時間のズレが生じます。生物時計はこのズレを修正し、概日リズムを24時間の環境変化に同調させる機能も持っています。

 すなわち、通常、起床直後に太陽光が目から入ると、その光信号は視交差上核、上頚神経節を経由して、松果体にたどり着きます。すると、食事で摂取して血液中にあるトリプトファンというアミノ酸が分解されてセロトニンが産生され、メラトニンがつくられます。

 このとき、N-acetyltransferaseという酵素が活性化されてはじめてメラトニンが生合成されるのですが、N-acetyltransferaseは光があると活性が抑えられ、この代謝が行われないようになっています。したがって、外界が暗くなったときに、N-acetyltransferaseが活性化されて、メラトニンができるのです。こうして生物時計によってリセットされた時刻から10~12時間は代謝が高められ、血圧・体温も高めに保持され、覚醒して活動するのに適した状態になります。

 これが朝の光を浴びてから13時間くらい経過すると、松果体からメラトニンの分泌が始まり、手足の末端からの放熱も盛んになります。こうした放熱により深部体温が低下してくると、1~2時間のうちに自然な眠気が出現します。

 つまり、太陽光に対する生物時計のリセット機能により、朝起床して太陽光を最初に浴びた時刻に応じて夜に眠気が出現し、自然に眠くなる時刻が決定されるのです。

 朝の起床時に充分な太陽光を浴びなかったり、暗い部屋で昼過ぎまで眠っていると、こうした概日リズムのリセットが適切に行われず、その日の入眠時刻が遅くなります。一方、夕方から夜の時間帯に強い光を浴びると、昼の時間が延長することになり、休息への準備が遅れ、結果的に入眠時刻が遅れることになります。

 この1世紀の間に、電気が使われ始め、現代人は夜遅くまで強い照明(人工光)を浴び、また交代勤務や時差勤務体制の増加に伴い、夜に活動して昼間に眠るなど自然の昼夜とは異なった明暗サイクルで生活する機会も増えました。このようなライフスタイルの変化が生物時計の機能不全の引き金となり、生体リズム障害を引き起こします。代表的な病気がいわゆる「概日リズム睡眠障害」です。最悪の場合、うつ病を発症します。

 インド風水ヴァーストゥでは、「北枕と地磁気」で書いたとおり、いわゆる北枕を否定しつつ、朝起き上がるときに顔が北か東を向いていることが好ましい、つまり朝日を浴びるという原則があります(明るさという意味では曇り空程度であれば十分)。また、南から西にかけて窓をなるべく少なくする、つまり夕日を浴びないと言う原則もあります。現代科学からみて、太陽光に関するインド風水ヴァーストゥの考え方は非常に理にかなっているといえるのではないでしょうか。


現代人は“余分な緊張“にさらされている


 これまで日光と睡眠障害やうつ病の関係性について述べてきました。次に、日光、人工光とストレスや作業効率との関係性について考察していきます。

 現代のような文明化のきっかけをつくった農業の発明は今から約一万年前と考えられます。日本列島で稲作が始まったのはさらに遅く、早い地域でも約6000年前、北海道では江戸時代に入ってからです。人類史を500万年とするとその内99.8パーセント以上は狩猟採集時代の生活環境が占めることになります。生物は一般に長い年月をかけて環境にうまく適応できたものだけが生き残ってきました。私たち人類も種々の環境要因に適応してきたはずです。そしてその適応の対象となった環境は、まさに狩猟採集時代の環境といえます。

 一方で、残り0.2パーセントのうちに生活環境をアッという間に激変させ、文化的適応に強く依存しながらこれが当然のように生きている現代人の姿があります。人類に備わった高い知性は便利なモノを次々に生み出し、その結果私たちの身体が馴染んできた環境とは全く異なる環境を自ら造り出すことになりました。

 このように、本来狩猟採集の生活環境に馴染んだはずの私たちの身体は、全く異なる人工環境下でときにからだが悲鳴をあげていることにも気づかずに“余分な緊張”を抱えたまま生活している可能性があります。

 それでは“余分な緊張“とはどのような定義なのでしょうか?簡潔に言うと、
①脳の覚醒が強く、イライラするあるいは怒っており作業効率が低下している状態、
②精神的もしくは身体的ストレスを感じない状態下で交感神経活動が優位になる状態、
③睡眠中の直腸温(深部体温)の低下勾配が抑制され、直腸温の概日リズムの振幅が小さくなる状態、と定義されます。


脳と身体反応のバランス.gif脳と身体反応のバランス

不適切なタイミングで不適切な光を浴びると、ストレスや作業効率、睡眠まで悪い影響を与えうる


 それでは、“余分な緊張“についてもう少し詳しく見ていきましょう。

①中枢神経系からのアプローチ
 大脳新皮質の覚醒水準が低い状態から上昇するにつれて作業効率は増大します。しかしある水準を超えると作業効率は下降してきます。この作業効率が下降する相は、脳の覚醒が強く、イライラしたり怒っているときなど興奮した状態に相当します。この相の初期の部分は、意識下の余分な緊張が生じている状態と見なすことができます。
 例えば、蛍光灯の電球色と昼光色のそれぞれの光に曝露しているときの実験では、昼光色条件は電球色条件より統計的に有意に大きく覚醒水準が高くなっていました。このとき同時に測定された反応時間は覚醒水準の高い昼光色条件の方が有意に遅くなり、覚醒水準における余分の緊張が存在すると考えられました。また覚醒水準の変化は脳幹網様体の下降性経路を経て筋の緊張度にも影響を与え、ある実験では、覚醒水準と姿勢の体幹傾斜角度との間に有意な相関関係を示し、高色温度では低色温度条件より回帰直線の傾きが大きくなることを示しています。

②自律神経系からのアプローチ
 自律神経系は臓器の諸機能を交感神経及び副交感神経の二つの拮抗する活動によって制御しています。心拍数を例にとると、副交感神経活動が交感神経活動に対して優位に働けば心拍数は減少し、逆に交感神経活動が優位なときは増大します。通常安静時の心拍数は副交換神経活動の増減によって制御されていますが、精神的もしくは身体的ストレスが生じた場合には交感神経活動が優位となり心拍数は増大します。心拍数を制御する副交感神経と交感神経の両活動のバランスにおいて、精神的もしくは身体的ストレスを感じない状態下で交感神経活動が優位になる初期の段階は自律神経活動における余分な緊張とみなすことができます。
 夜のリビングを想定した蛍光灯照明光の実験では、昼光色曝露条件では、昼白色、電球色条件よりも心拍変動から求められた交感神経活動指標は有意に高くなることが認められ、夜の照明光としての昼光色は余分な緊張をもたらすことが示唆されています。

③生体リズムからのアプローチ
 体温をはじめとする自律神経機能、ホルモン分泌、免疫反応など多くの生理反応には約24時間周期のいわゆる概日リズムが存在します。光の明暗は概日リズムの主たる同調因子になるため、照明光の生体への影響をみるにあたって、概日リズムは適した評価法になります。この概日リズムはその周期と振幅によって特徴づけられます。したがって、照明の条件によって振幅やリズムの位相(あるいは周期のピーク時間)が通常の値からどの程度影響を受けるかが評価されることになります。
 夜の寝室の蛍光灯照明を評価した実験では、就寝の前まで曝露されていた光が昼白色もしくは昼光色のとき、睡眠中の直腸温(深部体温)の低下勾配が抑制され、直腸温の概日リズムの振幅が小さくなるという点から昼光色は余分の緊張を生じさせることが示唆されました。

 以上、3つのアプローチから導き出されることは、不適切なタイミングで不適切な光を浴びると、ストレスや作業効率、睡眠まで悪い影響を与えうるということです。例外は当然ありますが基本的に「不適切なタイミングで不適切な光」というのはこの場合、夕方から夜に強い光を浴びるということでしょう。

 インド風水ヴァーストゥでは南から西にかけての光をなるべく少なくする、つまり夕日を浴びないという原則もあります。ここでもインドシ式風水ヴァーストゥは、非常に理にかなっているといえるのではないでしょうか。



脳の覚醒水準と作業成績の逆U字関係.gif脳の覚醒水準と作業成績の逆U字関係
覚醒水準.gif脳の覚醒水準にみられる余分な緊張の存在
反応時間.gif脳の覚醒水準にみられる余分な緊張の存在余分な緊張.gif脳の覚醒水準にみられる余分な緊張の存在自律神経系活動度からみた評価.gif自律神経系活動度からみた評価消灯前の色温度が睡眠前半期の直腸温(深部体温)に及ぼす影響.gif消灯前の色温度が睡眠前半期の直腸温(深部体温)に及ぼす影響

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インド風水ヴァーストゥは睡眠障害やうつ対策、さらにはストレスや作業効率の改善に効果がある

 「太陽光とインド風水ヴァーストゥ」を簡単にまとめると以下のとおりです。

 光は視覚以外にも、人間の中枢神経系、自律神経系、ホルモン分泌系、運動系の広い範囲にわたる反応系に影響を与えている。
 このため光と適切につきあうことは例えば睡眠障害やうつ対策、さらにはストレスや作業効率改善に有効。

 具体的にはつぎのとおりです。

① 睡眠障害・うつ
 太陽光に対する生物時計のリセット機能については、朝起床して太陽光を最初に浴びた時刻に応じて夜に眠気が出現し、自然に眠くなる時刻が決定されることがわかっている。
 朝の起床時に充分な太陽光を浴びなかったり、暗い部屋で昼過ぎまで眠っていると、こうした概日リズムのリセットが適切に行われず、その日の入眠時刻が遅くなる。
 また、夕方から夜の時間帯に強い光を浴びると、昼の時間が延長することになり、休息への準備が遅れ、結果的に入眠時刻が遅れることになる。
 人間のライフスタイルの変化が生物時計の機能不全の引き金となり、生体リズム障害を引き起こす。代表的な病気がいわゆる「概日リズム睡眠障害」であり、最悪の場合、うつ病を発症する。

② ストレス・作業効率
 本来狩猟採集の生活環境に馴染んだはずの私たちの身体は、全く異なる人工環境下でときにからだが悲鳴をあげていることにも気づかずに“余分な緊張”を抱えたまま生活している可能性がある。

 “余分な緊張“とは
(1) 脳の覚醒が強く、イライラするあるいは怒っており作業効率が低下している状態、
(2) 精神的もしくは身体的ストレスを感じない状態下で交感神経活動が優位になる状態、
(3) 睡眠中の直腸温(深部体温)の低下勾配が抑制され、直腸温の概日リズムの振幅が小さくなる状態、と定義できる。
 不適切なタイミングで不適切な光を浴びると、こうした“余分な緊張“が発生し、ストレスや作業効率、睡眠にまで影響を与える。基本的に「不適切なタイミングで不適切な光」というのはこの場合、夕方から夜に強い光を浴びるということ。
 インド風水ヴァーストゥでは、立地、敷地、間取り、インテリア、生活行動の全てで朝の日光を取り入れる原則がある。例えば、いわゆる北枕を否定しつつ、朝起き上がるときに顔が北か東を向いていることが好ましい、つまり最初に朝日を浴びるという原則がある。他方、南から西にかけての光をなるべく少なくする、つまり夕日を浴びないという原則もある。
 この点に関しインド風水ヴァーストゥは、こうした現代科学と合致している。インド風水ヴァーストゥは、睡眠障害やうつ対策、さらにはストレスや作業効率の改善、などの点において非常に理にかなっており、現代科学を先取りしていたといっても過言ではない。


(参考文献)
"光資源を活用し、創造する科学技術の振興-持続可能な「光の世紀」に向けて-", 文部科学省科学技術・学術審議会資源調査分科会, 2007年9月5日